青森ヒバを知る ② 心材に宿るヒノキチオール — ヒバが他の木より強い理由
1936年、東北帝大の野副鉄男が単離した七員環構造の天然物・ヒノキチオール。「ヒノキ」の名を持ちながら日本のヒノキにはほとんど含まれない、この分子の発見史と各機関の試験データを辿ります。
シリーズ第1回では、青森ヒバが「ヒノキでもスギでもない、津軽・下北の地域固有種」であることを見てきました。第2回は、その木がなぜ千年単位で建材として使われ続けてきたのか — 心材に宿る天然成分ヒノキチオール を軸に、発見の歴史と各機関の試験データから追っていきます。
1918年、ヒバ油の力に最初に気づいた研究
ヒノキチオールという名前が世に出る前から、ヒバ油の不思議な性質は研究者たちを惹きつけていました。
- 1918年(大正7) 北島君三氏が、木材腐朽菌の一種 Poria vaporaria の繁殖が ヒバ油 0.05% 溶液 で阻止されることを報告。
- 1934年(昭和9) 国立林業試験場(現・森林研究・整備機構 森林総合研究所)の川村実平氏が、ヒバ油の化学成分を本格的に分析。
当時はまだ「何が効いているか」は分かっていません。けれども、ヒバ油には他の樹種にない明確な抗菌性がある、という観察事実は1920年代には押さえられていました。
1936年、野副鉄男の単離
決定的だったのは、戦時下の燃料研究の中での 偶然の発見 です。
1936年(昭和11)、東北帝国大学を出て当時台北帝国大学にいた 野副鉄男博士 は、軍の命令で台湾ヒノキ油を自動車燃料に転用する研究を進めていました。ところが油を流すと配管がすぐに腐食する。野副は腐食原因物質を単離し、これを ヒノキチオール(Hinokitiol) と命名。後の解析で、化学式 C₁₀H₁₂O₂・分子量164の 七員芳香環(トロポン環)を持つ非常に珍しい構造 であることが分かり、当時の有機化学の常識を更新する発見となりました。
戦後、スウェーデンの エルトマン教授 が西ヨーロッパ産のヒノキ科樹木から類似物質(ツヤプリシン類)を単離。1955年に来日し青森のヒバ油現場を訪れた際、「これと同じものを8年早く発見していた日本の野副博士に敬意を表する」と述べたエピソードが残っています。野副博士は1958年のノーベル化学賞候補にも挙がりました。
「ヒノキ」の名を持つが、日本のヒノキにはほとんど含まれない
ここが少し紛らわしいのですが、ヒノキチオールという名称は 台湾ヒノキ油から最初に単離されたこと に由来しています。実際には、日本のヒノキ(Chamaecyparis obtusa)には ほとんど含まれていません。
含有が確認されているのは、ヒノキ科の中でも限られた樹種だけです。
| 含有が確認されている主な樹種 | 備考 |
|---|---|
| 青森ヒバ(ヒノキアスナロ) | アスナロ属、心材に含有 |
| アスナロ(南方型) | アスナロ属 |
| タイワンヒノキ | ヒノキ属の特殊な変種 |
| ネズコ(クロベ) | クロベ属 |
| ベイスギ(ウェスタンレッドシダー) | クロベ属 |
| 米ヒバ(アラスカヒノキ) | Callitropsis 属 |
| インセンス・シーダー | Calocedrus 属 |
つまり「ヒノキチオール=ヒノキの成分」ではなく、ヒノキ科の一部だけが進化の過程で獲得した、ニッチな自衛物質 ということになります。日本国内で安定供給できる樹種としては、青森ヒバが代表格です。
心材だけにある — 場所の偏り
さらに重要なのは、ヒノキチオールが 心材(樹の中心部の死んだ細胞群)にだけ局在する ことです。形成層や辺材、枝、葉からはほぼ検出されません。これは、樹木が長い時間をかけて自分を守るために抽出成分として蓄えた結果で、心材の暗黄色はその防腐成分そのものの色とも言えます。
製品としてヒバの恩恵を受けるためには、心材率の高い良材を使うことが大前提です。市場に出回る「ヒバ製」の中には辺材主体の安価品もあり、性質はかなり違います。
試験データが示す、他樹種との差
ヒノキチオールを多く含む青森ヒバが「他の木より強い」とされる根拠は、複数の試験で裏付けられています。
1. ワタグサレタケ耐朽度試験(10樹種) — 林野庁青森営林局(当時)資料
| 樹種 | 平均評価(10段階) |
|---|---|
| ヒバ | 10(最高) |
| ヒノキ | 9 |
| クリ | 8 |
| ベイツガ | 7 |
| アカマツ | 6 |
| カラマツ | 3 |
| スギ | 0 |
褐色腐朽菌の代表種ワタグサレタケに対し、ヒバは10樹種中の最高評価。スギとは20倍以上の差があります。
2. シロアリ食害試験(宮崎大学農学部 中島教授) — 昭和46年・58年
イエシロアリ巣上で9樹種を72日間試験した結果、青森ヒバのみほぼ被害ゼロ(5本中5本被害なし、表面に齒形のみ)。ヒノキ約10%、スギ約30%、クロマツ約70%の被害に対して、ヒバは桁違いの抵抗性を示しました。さらに、ヒバ油を与えたシロアリは 48時間で75%、240時間で100%が死滅 したと報告されています。
3. 抗菌試験(MIC=最小発育阻止濃度) — 青森県工業試験場(現・青森県産業技術センター)プロジェクトチーム
| 検査菌種 | MIC (μg/ml) |
|---|---|
| 黄色ブドウ球菌 | 100 |
| 大腸菌 | 200 |
| 枯草菌 | 50 |
| 麹菌 | 50 |
| 酵母菌 | 12.5 |
| オオウズラタケ(木材腐朽菌) | 25 |
| カワラタケ(木材腐朽菌) | 25 |
一般的な抗菌剤の有効MICが概ね50μg/ml以上であるのに対し、ヒノキチオールは多くの食中毒菌・腐朽菌に対し低濃度で発育阻止を示しています。
なお、ここで挙げた試験結果は 木材としての性質を示す研究データ であり、人間に対する効能を保証するものではありません。
食を扱える成分として、公的に認可されている
ヒノキチオールは、1989年(平成元年)11月 に厚生省(現・厚生労働省)告示の 「既存添加物名簿」No.206 に収載されました。
- 簡略名:ヒノキチオール(抽出物)
- 用途:保存料
- 基原物質:アスナロ(ヒバ)Thujopsis dolabrata の幹枝又は根
つまりヒバそのものが、食品にも触れる成分の 基原物質として国に認められている ということです。この収載は現在も継続中(2026年5月時点)で、ヒバ材を食を扱う道具に使ってきた地域の経験則と、近代的な食品衛生制度の両方が交わる場所にあります。
千年が証明してきたこと
これら20世紀以降の科学データの遥か前から、ヒバは耐久性の実証を積み重ねてきました。
- 法隆寺(7世紀創建・現存する世界最古の木造建築群)には、ヒノキとヒバが混在して使用されています。
- 平安期の 中尊寺金色堂(1124年) は、湿潤な平泉の地で900年。
- 江戸期の 弘前城 の土台、岩木山神社楼門(1628年) の構造材。
- 北陸・能登では「アテ」と呼ばれ、輪島塗の素地に400年以上。
腐朽菌・シロアリ・湿気という、木材にとっての三大敵に対して、ヒバが歴史的にどう振る舞ってきたかは、これらの建造物が物言わぬ証拠として残しています。シリーズ最終回では、こうした素材を 「いま」私たちが選び続けることの意味 を考えます。
主な参考文献・出典
- 野副鉄男「ヒノキチオール」関連論文(1936年〜)
- 北島君三, 1918(『大日本農会報』)
- 川村実平, 1934(国立林業試験場)
- 岡部敏弘・斎藤幸司・大友良光・工藤幸夫 編『青森ヒバの不思議』青森ヒバ研究会, 1990
- 内山康夫『青森ひば物語』北の街社, 1996
- 厚生労働省 既存添加物名簿 No.206
- 宮崎大学農学部応用昆虫学研究室 中島教授 シロアリ食害試験(昭和46年・58年)