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漆と木の400年 — 輪島塗の素地にアテが選ばれてきた理由
豆知識 · 2025.03.15

漆と木の400年 — 輪島塗の素地にアテが選ばれてきた理由

漆を何十回と塗り重ねる輪島塗。その下で器の形を400年支えてきたのが、ヒバ系の木「アテ」でした。なぜアテだったのか、漆器の構造から見える木材選びの知恵を解きほぐします。

豆知識シリーズ、第9回。先月は「アテ」と能登の話をしました。今月はそれを掘り下げて、輪島塗の素地としてアテが選ばれ続けてきた理由を、もう少し具体的に見てみたいと思います。

漆器の構造を簡単に

輪島塗を含む日本の漆器は、おおまかに 素地(きじ)塗り のふたつのレイヤーから成り立っています。素地は器の本体で、ろくろや手彫りで木を成形した部分。塗りは、その上に漆を何十回と塗り重ねていく装飾兼保護層です。

輪島塗の塗り工程は、地塗り・中塗り・上塗り・蒔絵・沈金など、合わせて100以上の工程に細かく分かれています。すべての工程を経るのに数か月から1年近くかかることもあり、その間ずっと素地が 動かない・狂わない ことが大前提になります。

素地が反ったり、収縮したり、割れたりしたら、その上の漆塗りはすべて台無しです。漆器の品質は、塗りの技術だけでなく、その下にある 素地の安定性 で半分以上決まってしまうとも言われます。

アテ(ヒバ)の何が向いていたのか

ここで、ヒバ系の木材が持つ性質が、漆器の素地として極めて好都合だったことが分かります。

第一に、乾燥後の寸法安定性 が高いこと。ヒバ材は、含水率を整えて十分に乾燥させた後の収縮・膨張が比較的小さく、湿度の変化があっても狂いが出にくい。湿気の多い能登の気候のなかで作られる漆器の素地として、これは決定的な利点です。

第二に、目が詰まっていて加工しやすい こと。ヒバの木目は、決して荒くなく、繊維も粘りがあって割れにくい。ろくろで挽いたり、刃物で彫ったりするときに、欠けや割れが少なく、求める形を正確に削り出すことができます。塗り職人に渡す素地として、寸法精度が出しやすい木だったわけです。

第三に、心材の防腐性 が高いこと。漆器は内側に湿った食べ物・飲み物を入れて使うものです。素地の内部に水分が浸透し、そこで腐朽菌が繁殖してしまえば、外側の漆を保ったまま内部から崩壊することになります。ヒバ材は心材にヒノキチオールという成分を含み、こうした内部からの劣化に対して強い。

そして第四に、香りが穏やかで漆と喧嘩しない こと。スギやマツのように脂分の強い樹種は、表面に油性成分が滲み出して漆の密着を妨げることがあります。ヒバの心材は、ツヨプセン・セドロールといった揮発しやすい成分が中心で、十分に乾燥させた後の素地表面は、漆を素直に受け入れてくれます。

「日本三大漆器」のなかでの位置

輪島塗、津軽塗、会津塗、京漆器など、日本各地に漆器産地があります。それぞれが地元産の木材を素地として使う伝統を持っており、用途や品格に応じて樹種が選び分けられてきました。

そのなかで輪島塗の特徴は、業務用・贈答用の 本格的な高級漆器 が中心であること。重ね塗りの工程数も多く、表面の硬さ・耐久性に対する要求水準が高い。素地に求められる「変形しない」「腐らない」のハードルも、相対的に高くなります。

このハードルを越える素地材として、地元能登に豊富にあったアテ材が選ばれたのは、いわば必然のような出来事でした。素材と工芸が、土地のなかで自然にマッチングした典型例と言えるかもしれません。

まな板にも通じる話

私たちが扱っている青森ヒバのまな板も、植物学的には能登のアテと同じヒノキアスナロです。「水気を扱う場面で、変形せず、腐らず、長く使える」という、輪島塗の素地に求められた性能は、毎日の台所のまな板に求めるものとそっくりです。

400年の漆器の歴史が裏づけてくれている素材の性質を、私たちはそのまま、台所道具のかたちで毎日の暮らしに引き継いでいる。そんなふうに見直してみると、一枚のまな板の背景に、ずっと長い時間の積み重ねが透けて見えてくるはずです。

— Hiba Kitchen