雪深い厳寒期に咲く花 — ヒバの不思議な開花カレンダー
多くの植物が眠るはずの真冬、青森の山では青森ヒバが密かに花を咲かせます。11月に花粉のもとを作り、雪深い1〜2月に開花するという、針葉樹のなかでも珍しい暦について。
豆知識シリーズ、第3回。今月は、青森ヒバの「花」の話です。
「ヒバに花なんて咲くの?」と思われるかもしれません。実は咲きます。それも、多くの植物が眠っているはずの 真冬 に。
11月に「花粉のもと」を作る
青森ヒバの花は、雌雄同株。一本の木に雄花と雌花の両方がつきます。秋が深まる 11月ごろ、枝の先に小さな花芽が形成され、雄花のなかでは翌冬に向けた花粉のもとが少しずつ準備されます。
そのまま冬を迎え、雪が積もり、山が真っ白になっていきます。本来であれば、植物の生理活動は気温が下がるとほぼ止まる時期。ところが青森ヒバは、この 雪深い1〜2月、いわゆる厳寒期に開花期を迎えるのです。
林野庁・東北森林管理局青森森林管理署も、ヒバの生態として「11月に花粉のもと作り→雪深い厳寒期に開花」という記述を公式に紹介しています。雪に埋もれそうな枝の先で、極小の花が黄色っぽい花粉を散らす。針葉樹のなかでもかなり珍しい暦です。
なぜ厳寒期に咲くのか
冬に咲く理由は、いくつかの仮説で語られています。ひとつは、虫媒ではなく 風媒 であること。花粉を運んでくれる昆虫を必要としないので、虫が動ける季節を待たなくてもよい。むしろ、葉が落ちて見通しのよい冬の時期のほうが、風による花粉の運搬には有利だとも言えます。
もうひとつは、競争相手の不在です。多くの花が休眠している季節に咲くことで、同じ風を共有する他樹種の花粉と混ざりにくく、自分の遺伝子を確実に同種の雌花へ届けやすい。長い進化の時間のなかで、こうした「ニッチな暦」を獲得したと考えられています。
200年に1本という時間
この厳寒期の開花で結実した種子は、雪解けの春に地表に落ち、運がよければ翌春に芽吹きます。ただし、ヒバの種子は発芽率が高くなく、芽吹いたあともゆっくりとしか育ちません。年輪を1ミリ重ねるのに数年かかるような環境のため、まな板や建材に使えるほどの直径に育つには、ざっくり 200年 という時間がかかります。
植林ができない、というのもこの繊細さに関係しています。ヒノキやスギのように人の手で苗を植え替える方式では、ヒバの天然林の生態系を再現できない。雪と風と適度な日陰、そして母樹の存在。それらがそろった山に、自然に種が落ち、自然に芽吹くのを待つ。それが、ヒバの森を維持する唯一の方法です。
冬の山で、静かに
雪のなかで小さな花を咲かせる木のことを、台所の道具を通じて遠く想像することは、少し不思議で、けれど豊かなことだと感じます。私たちが手にする一枚のヒバまな板も、200年前のある厳寒期の朝、誰にも気づかれずに咲いた一輪の花から始まっている、と考えると、その重みが少し変わって感じられるかもしれません。
— Hiba Kitchen