ワタグサレタケ試験 — 主要10樹種でヒバが最高評価だった話
木材腐朽菌の代表種ワタグサレタケを用いた耐朽度試験で、青森ヒバは主要10樹種中の最高評価を獲得しました。スギとは20倍以上の差。歴史データとして見ても示唆に富む結果です。
豆知識シリーズ、第14回。先月は法的な位置づけのお話でしたが、今月は 科学データ の話に戻ります。青森ヒバの耐朽性を示す代表的な試験結果をひとつ取り上げます。
木材腐朽菌とは何か
「木は二度死ぬ」という言葉があります。一度目は伐採されたとき。二度目は腐朽菌に分解されて、土に還るとき。木材製品の寿命を決めるのは、後者の二度目の死までの時間です。
この「二度目の死」を引き起こすのが、木材腐朽菌(もくざいふきゅうきん)。担子菌・子嚢菌のなかで、木材のセルロースやリグニンを分解できる種が知られています。代表的なものに、ワタグサレタケ(Tyromyces palustris)、カワラタケ、オオウズラタケ などがあります。
これらの菌は、湿気と適度な温度があれば、木材表面から内部へと菌糸を伸ばし、構造を脆くしていきます。スギの土台が床下で腐っていく、外材の柵が数年でボロボロになる、といった現象の多くは、こうした木材腐朽菌の働きによるものです。
主要10樹種の比較試験
林業の世界では、各樹種の耐朽性を客観的に比較するため、標準化された試験方法 が定められています。簡単に言うと、
- 一定サイズの木片を作る
- 含水率と温度を整えた条件下で、腐朽菌の純粋培養に接触させる
- 一定期間(通常数か月)放置する
- 試験前後の木片の重量減少率を測定する
この 重量減少率が小さい樹種ほど、耐朽性が高い と判定されます。森林総合研究所(旧・林業試験場)が主導する試験では、日本の主要な建築用材10樹種ほどを並べて、耐朽度をクラス分けする評価がなされてきました。
青森ヒバは「最高評価」
ワタグサレタケを用いた標準的な耐朽度試験では、青森ヒバは最高評価のクラス(「極大」または「大」)に分類 されています。同じ試験において、
- 青森ヒバ:最高評価クラス
- 米ヒバ・米杉:高評価クラス
- 日本のヒノキ:中〜高評価クラス
- スギ:低評価クラス
という相対関係になります。具体的な重量減少率は試験ごとに多少のばらつきがありますが、スギと比較してヒバは20倍以上の差 がついたという報告もあります。20倍というのは、極めて大きな差です。これは「ヒバが少し優れている」というレベルではなく、「腐朽菌の世界では、ヒバはほぼ別の素材として扱われる」ことを意味しています。
なぜここまで差が出るのか
差が大きく出る理由は、すでにこれまでの記事で触れてきたとおり、心材中のヒノキチオールおよび関連酸性油成分 の働きです。
ワタグサレタケのようなセルロース分解能力の高い菌でも、ヒバの心材内部では繁殖が困難。実験室の純粋培養という、菌にとって有利な条件であってもこの結果なので、屋外の建築や台所のような実環境では、その差はさらに大きく出ると考えられます。
中尊寺金色堂が900年腐らずに残ってきた、輪島塗の素地として400年使われてきた——歴史が示してきた強さは、こうした実験室データによって後から 裏付けられた わけです。歴史の経験と、現代科学の試験データが一致するというのは、素材選びの根拠としては最も信頼できる組み合わせです。
試験データを扱うときの注意
ここで一点、データを扱うときの留意点も書いておきます。
「青森ヒバはワタグサレタケに対して最高評価」という事実は、樹種としての性能を比較する文脈では正確です。けれど、これをもって「ヒバ製品なら絶対に腐らない」と断言することはできません。
具体的な耐朽性能は、
- 使用部位(心材か辺材か)
- 乾燥状態(含水率の管理)
- 使用環境(屋外か屋内か、水気の頻度)
- メンテナンスの有無
によって変わります。お手入れを怠れば、いくらヒバ材でも腐朽は進みます。私たちが商品にお手入れガイドを添えているのも、こうした実環境での寿命を意識してのことです。
それでも、出発点としての樹種の性能が、主要10樹種中の最高評価だという事実は、毎日の道具を選ぶうえでの確かな足場になってくれます。
— Hiba Kitchen